Suburban City/24

AIはすごい

といってもAIはすでに人智を超えており人間を超えるスーパーパワーが発揮されてパワーポイントがスーパーパワーポイントになるとか全人類がシンギュられスーパーベーシックインカムの時代が到来するとかZ世代の若者がAIを使って一夜にして数億ドルを得た!とかそういうのは全く感じていなくて、どちらかといえばできることはショボいと思っている。しかしそのショボさがすごい。

アラン・ケイという人がいた

パーソナルコンピュータという概念を生み出した人だとかダイナブック構想だとかオブジェクト指向だとかいろいろ有名な人なんだけど、いちばん有名なのはSmalltalkだろう。スティーブ・ジョブズがSmalltalkをパクッてMachintoshを作った、という文脈で有名なんだけども、そのSmalltalkはプログラミング言語と言われているんだけども、実際に触ってみるとわかるんだけども、その実際に触るのがめんどくさすぎるのが問題なんだけども、Smalltalkはプログラミング言語と言われてふつうに思い浮かぶような形をしていない。つまり黒い画面に文字がぶわぁーみたいなものではない。

例えばあなたがGoogle ChromeでもFirefoxでもなんでもいいんだけども「タブが縦に並んでいたらいいのにな〜」とか思ったとする。思ったら、その場でGoogle Chrome自体をそのようにいじくれる。それがSmalltalkの目指したものだ。その、あなたのコンピュータ、パーソナルなコンピュータで動いているものは、アプリケーションだろうがOSのコアだろうが、例外なくすべてそのように、自分の好き勝手にいじれるべきで、いじるだけでなくゼロから作ることもできて、だからSmalltalkはプログラミング言語なのだが、一種の仮想環境であるとかOSであるとか、そういう言い方をする人もいる。

で、現在のコンピュータというのは全くそうはなっていない。誰かが作ったアプリケーションを誰かが意図した通りに使うものになっている。だから「ちょっと違うんだよな」とか思いながらもコンピュータ様(の向こう側にいる開発者様)の仰せの通りに使うわけだが、我慢がならない。特にMacはその傾向が強くて、なぜ個人の個人による個人のためのコンピュータを考えたアラン・ケイの影響を受けたコンピュータがこんなことになっているのかよくわからないが、自由な世界で生まれたズバ抜けたセンスの人間の影響力が大きすぎてそのモノマネをするのが正しいのだと思い込んでしまう人類の罪なんだと思う。

もちろんGoogle ChromeやFirefoxであれば拡張機能が用意されているし、MacであれWindowsであれWebサービスであれ、ちゃんとコンピュータではあるので、いろいろいじくり回すことで自分好みにはできる。実際に私のコンピュータではそのようなスクリプトがゴチャゴチャと動きまわっている。

人間は怠惰である

しかしそのゴチャゴチャとやるのは大変めんどくさい。日々、不便を感じているし、どうすればその不便を解消できるかもわかっている。わかっているけど、めんどくさい。プログラミングをしなければいけないし、プログラムってのは書いて永久に安心って性質のものではなくバージョンだのメンテナンスだの運用だのを考え始めるとうんざりした気分になってしまい、スティーブ・ジョブズのいう通りにしてる方が楽かな、って惰性に慣れてしまう。イーロン・マスクだともう我慢ならんとブチキレることもできるがスティーブ・ジョブズくらいだとまあ別にいいかなって思える。そこにAIが効く。

簡単だけどめんどくさくてやっていなかった作業をAIがどんどんやってくれる。世の中ではAIに対して掃除や洗濯みたいな本当にやりたくないことは何もできないのに、絵を描いたり音楽を作るような楽しいことばかり奪っていくみたいな皮肉もあるが、それはお前がやらせているからであって、たしかにAIは掃除も洗濯もできないが、情報環境における掃除洗濯ゴミ捨てに該当するショボくてめんどうな仕事を休まずガンガンこなしてくれる。こういう「めんどくさいことを解決する」という方向性の技術革新は、テクノロジーの世界では久しぶりのことではないのかな?

AIはすごい

そういうわけでAIの運用をはじめてから、もうずいぶんと「めんどくせえ」で済ませていたコンピュータの色々なカスタマイズ、吊るしでは気の利いていない部分をどんどんAIに改善させている。AIのおかげでほとんど死んでいた自宅サーバーを久しぶりにメンテナンスしたし。こんなめんどくさいことを文句も言わずに黙ってやってくれてAIは本当にえらい。それはそれとして、こんなに大量の計算資源と電力を使ってやっとアラン・ケイの理想であるパーソコナル・コンピュータみたいな状況に、完成までははるかに遠いけれどちょっとだけは近づいたといった有様では、ダイナブック構想を阻んだのは技術ではなく人間の怠惰さだったとしか言いようがない。そして間違いなく人間は怠惰が原因で滅亡する。